『国際インテリジェンス最新事情』

国内外でのインテリジェンスに関する最新情報、分析をお届けします。 スパイ、謀略、国際政治、ビジネス情報戦、情報史、など盛り沢山の内容となっております。

◆まぐまぐメルマガ『国際インテリジェンス機密ファイル』ご紹介。 ご登録はこちらです→ http://www.mag2.com/m/0000258752.html 世界のインテリジェンスに関する公開・非公開情報をお伝えします これを読めば貴方も一流のスパイになれるかもしれません。 スパイ、秘密工作、国際政治、暗号、国際ビジネス、歴史、外交、 軍事、危機管理、政治に関する第一級の情報になっています。

March 2008

●防衛省情報本部長に外薗健一朗空将が内定





石破茂防衛相は3月14日午前の閣議で、退職する椋木功情報本部長の後任に外薗健一朗統合幕僚学校長を充てるなどの幹部人事を報告、了承された。
発令は3月24日。


外薗健一朗(ほかぞの・けんいちろう)・空将
 1951年生まれ、鹿児島県。1973年、防大卒(18期)、航空自衛隊入隊。
 空幕調査課長、幹部学校副校長、北警団司令、空自第5術科学校長、統幕事務局5室長、中部航空方面隊司令官、統合幕僚学校長などを歴任。


●本物のインテリジェンスの英雄はシャーロック・ホームズ

●本物のインテリジェンスの英雄はシャーロック・ホームズであって、ジェームス・ボンドではない



元防衛庁情報本部長・太田文雄氏が書いた『情報と国家戦略』は情報マンの格好のテキストである。


『情報と国家戦略』の要旨


・秘密保全は信頼関係の基本

・情報は融合させるから全体像がつかめる

・断片情報、別のセンサーからの情報、公開情報を融合させてビック・ピクチャーを描くこと

・情報マンは歴史を学べ

・「おや?」と思う注意力、「なぜか」と思う探求心は情報マンの資質

・トム・クランシーの小説は軍事常識を身につける最良のテキスト

・情報を志すものは英語が必須

・情報は人脈から得られる

・貴重な情報は、信頼関係にある人から入ってくる
(よく知っている人、仲の良い人、同窓生)

・国防総省・統合参謀本部へは本来、情報要求という書面でリクエストを出さなければいけない
しかし、米国防大学の同級生がたくさんいたため電話1本で貴重な情報が入手できた

・色々な人と仲良くしておくことが大事
パーティーなどの社交の機会も貴重

・元アメリカ国防情報局長官・ウイルソン退役陸軍中将の言葉
「インテリジェンスの90%は公開情報から得られる。
残りの10%の秘密活動の方がより劇的であるが、本物のインテリジェンスの英雄はシャーロック・ホームズであって、ジェームス・ボンドではない」


※コメント

太田氏は、アメリカの軍部との付き合いが長く、その経験から出る話は実践的で面白い。
彼が言うように、自分でいくら調べても分からないことが、電話一本で聞いて明確に分かることがある。
損得の無い人間関係を大事にしたい。


●スパイ・ゾルゲに学ぶ戦略的な情報入手・予測・分析報告のノウハウ


●今、なぜスパイ・ゾルゲなのか


ゾルゲは、戦前、日本の最高機密をたびたび入手した世紀のスパイである。
日本人として、悔しい出来事である。
しかし、彼の手法は、インテリジェンスの分野でとても参考になるので取り上げてみたい。


リヒャルト・ゾルゲは、ソ連のスパイである。
彼は、ドイツ人の新聞記者になりすまし、第二次大戦前の日本で確度の高い情報を入手、分析した。
「ドイツのソ連侵攻」「日本のソ連侵攻なし」という情報を掴んだことは大きい。




●スパイ・ゾルゲに学ぶ戦略的な情報入手・予測・分析報告のノウハウ


・少年時代は、歴史、文学、哲学、政治についての成績は優秀だった。
他の科目は、からっきしダメであった。
無口な少年だった。
歴史で好きだった分野は、フランス革命、ナポレオン戦争、ビスマルク時代だった。


・ゾルゲは、学問を志向するところが強くあった。


・コミンテルンの情報部で、ドイツの状況、経済、政治、外交の専門家として、分析研究を次々と報告。


・理論研究だけではなく、各国の党と連絡をとり、しばしば現場の状況を実施調査した。


・日本が北進してシベリアへの侵略を目指すのか、南進するのか、モスクワにとって最重要となる情報を入手する必要があった。
そのため、日本問題に真剣に取り組むこととなる。


・ゾルゲは、日本研究のために、日本の歴史や外交政策を徹底的に勉強した。


・ゾルゲは、単に情報を取るだけのスパイではなく、情報を分析し判断することを重視した。


・ゾルゲは、日本や中国の習慣、歴史、風習をよく知ることで情報に評価を下したり、戦略的な予測・分析報告を行うことができた。


(参考文献:下斗米伸夫・NHK取材班『国際スパイ ゾルゲの真実』角川書店)


●ゾルゲのスパイ活動とゾルゲ事件



1895年、ドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれた。
1914年10月に、第一次世界大戦にドイツ陸軍に志願。
負傷し入院中に社会主義思想を知る。


1919年にハンブルク大学で最優秀の評価を得て、政治学の博士号を取り、ドイツ共産党に入党。


1924年には党活動が評価され、コミンテルン本部にスカウトされ、モスクワへ赴く。
さらに軍事諜報部門である労農赤軍参謀本部第4局に配属された。



1933年9月6日、日本やドイツの動きを探るために「フランクフルター・ツァイトゥング」紙の東京特派員として日本に赴き、横浜に居を構える。


上海時代に知り合った近衛文麿内閣のブレーントラストで、尾崎秀実を中心メンバーとするスパイ網を日本国内に構築し、スパイ活動を開始する。


当時日本におけるドイツ人社会で、日本通かつナチ党員として知られるようになっていた。


ゾルゲは、駐日ドイツ特命全権大使のオイゲン・オットの信頼を勝ち取り、第二次世界大戦の開戦前には最終的に大使の私的顧問の地位を得た。


大使の私的顧問として大使親展の機密情報に近づき易い立場を利用して、ドイツの「ソ連侵攻作戦」の正確な開始日時を事前にモスクワに報告した。


しかし、スターリンは、ヨーロッパ各国のスパイからの開戦近しの情報同様にゾルゲ情報を無視、結果ソ連は緒戦で大敗し、モスクワまで数十キロに迫られた。


近衛内閣のブレーンで政権中枢や軍内部に情報網を持つ尾崎は、日本軍の矛先が対ソ参戦に向かうのか、仏領インドシナなどの南方へ向かうのかを探った。


日本軍部は、独ソ戦開戦に先立つ1941年4月30日に日ソ中立条約が締結されていた上、南方資源確保の意味もあってソ連への侵攻には消極的であった。


1941年9月6日の御前会議でイギリスやオランダやアメリカが支配する南方へ向かう「帝国国策遂行要領」を決定した。


この情報を尾崎を介して入手することができ、それを10月4日にソ連本国へ打電した。


その結果、ソ連は日本軍の攻撃に対処するためにソ満国境に配備した冬季装備の充実した精鋭部隊をヨーロッパ方面へ移動させた。
そして、モスクワ前面の攻防戦でドイツ軍を押し返すことに成功し、最終的に1945年5月に独ソ戦に勝利する。


太平洋戦争開戦直前の1941年10月に、ゾルゲや尾崎らのグループはスパイ容疑で警視庁特高一課と同外事課によって一斉に逮捕された(ゾルゲ事件)。


旧ソ連の駐日特命全権大使が日本へ赴任した際には、東京の多磨霊園にあるゾルゲの墓へお参りをするのが慣行となっていた。
ソ連崩壊後もロシア駐日大使がこれを踏襲している。

(引用:Wikipedia)



●コメント

ゾルゲの部屋には、『古事記』など多くの日本の古い文献があったという。
学者肌であったゾルゲは、CIAなどにいる博士号を持った分析官たちと共通したところが見える。
できる限り本を読み、基礎研究を行ったからこそ、多くの機密情報を獲得に繋がったのであろう。
改めて、学生時代にもっと勉強しとけばよかったと思う今日この頃である。
それと同時に、生涯勉強であると強くゾルゲから学んだ。


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●『諜報・技術〜ラインハルト・ゲーレン回顧録〜』を読み解く



●『諜報・技術〜ラインハルト・ゲーレン回顧録〜』を読み解く



第二次大戦中、ドイツの対ソ連諜報活動で活躍した男がラインハルト・ゲーレンである。
彼は、ドイツの敗北を早くから察知した。
将来のアメリカが、ソ連と敵対すると確信する。
ゲーレンが作り上げた対ソ情報網をそのまま残し、終戦後、アメリカに協力した。

西ドイツが主権回復後、ゲーレンはドイツ連邦情報局(BND)初代長官となり、対ソ連情報活動の中心となる。

長官退職後、下記の回顧録を書いた。
それは彼が、どのような過程で情報の世界へ入ったか、第二次大戦中、冷戦時の活動、情報活動の心得、将来の世界予測などが緻密に書かれている。





『諜報・技術〜ラインハルト・ゲーレン回顧録〜』のポイント


・秘密情報任務の本質は、すべてを知る必要を別にすれば、歴史的潮流をフォローし、それを将来に投影する能力である。

・情報機関の組織は、部外者に対してはできるだけ不透明で複雑でなければならない。
しかし、各自が自分に何を期待されているか知っていなければならない。


・「将来の情報機関に関するメモ」(1952年5月21日、ゲーレン記す)

→連邦情報局の役割は、海外におけるあらゆる種類の情報資料の完全な収集である。
イギリス及びアメリカにおける同様、謀略情報その他の資料の収集は、完全に、党派に関係なく、国益をむねとして行われなければならない。




●ラインハルト・ゲーレン紹介


ラインハルト・ゲーレン (1902年〜1979) はプロイセン中産階級出身のドイツ軍人。

1938年、第18砲兵連隊・中隊長。

1942年より、対ソ連諜報を担当する陸軍参謀本部第12課「通称:東方外国軍課」の課長を務めた。
これは全東部戦線に責任を持つ情報機関の長である。

ドイツ諜報活動の中心人物の一人である。
ゲーレンはドイツが降伏すると、防水ケース50個に詰め込まれた飛行場、発電所、軍需工場、精油所等のソ連軍事情報を手土産に部下ともにアメリカ軍に投降した。

戦後、米軍情報機関に協力して生き残り、ゲーレン機関を設立した。

ゲーレンは、アメリカと紳士協定を結んだ。
・ソ連情報を渡す代わりに、アメリカから資金提供すること
・ドイツ再建の時は、ゲーレン機関をドイツが引き継ぐ
などであった。

アメリカ軍は、冷戦に備えて対ソ諜報網の重要性を認識し、ゲーレンを手厚く保護、彼が組織したスパイ網を利用した。
ゲーレンはCIAと協力し対ソ諜報戦の中心人物となる。

ゲーレン機関のスパイ網は広くソ連・東欧諸国に張り巡らされた。
1955年に創設された西ドイツの諜報機関であるドイツ連邦情報局(BND)の初代長官を1968年まで務めた。



※コメント

ゲーレンは何よりもズタズタになった祖国のことを考えていた。
そして、激しい国際関係の中で「情報」こそが価値を生むと強く認識していた。
ゲーレンの回顧録を読みながら、情報の使い方で、状況を良くも悪くもできると感じた。



スパイと占星術師





英情報機関、第2次大戦中に占星術師を雇っていた
08年3月4日13時24分配信 ロイター


 [ロンドン 3月4日日 ロイター] 
 英情報機関が第2次世界大戦中に占星術師を雇っていたことが、同機関が4日に公表した秘密文書により明らかになった。
 文書によると、この占星術師は自らを「現代のノストラダムス(フランスの占星術師)」と称するLouis de Wohl氏。
功績を認められ、英陸軍大尉の位を与えられたという。
 あるスパイトレーナーは、同文書の中で「多くの人が(Louisde Wohl氏の能力を)偽物だと考えていたにもかかわらず(同氏の)予言を求める人たちが大勢いた」と記している。


※コメント

巨大金融グループを作り上げたJPモルガンは「億万長者は占星学を信じない。だが、大富豪は活用する」と述べている。
FBI(アメリカ連邦捜査局)でも重大事件の捜査に超能力者を利用して解決した例は多い。
人間の能力は、無限大と言われる。
誰しも第六感や直感の凄さは持っている。
そのような型にこだわらない考え方や自由な発想、想像力も大切なインテリジェンス能力である。

●イスラエル大使館と暗号技術



かつて私が勤めていた商社の近くに在日イスラエル大使館があった。

一時期、会社内でポルターガイスト現象が起こるという噂があった。
話によると、夜中、仕事をしていると会社の備品がガタガタ揺れて動き出す、という。
それが毎日ではなかった。
何か会社の中に霊がいるのではと、夜中、調査したところ近くの在日イスラエル大使館において地下のシェルターの工事をやっていた。
ちょうど2001年の9・11同時多発テロの直後で、テロを警戒して地下に安全なシェルターを作っていたようだ。
昼間、大使館内は仕事をしていてうるさいから夜中、工事をしていたわけだ。
深夜も仕事をしている我々の会社は、イスラエル大使館にすぐ厳重抗議したようだ。

そのような笑い話になるくらいイスラエル大使館のセキュリティは、厳重だ。
彼らは幾多のテロとの戦いで「安全はタダではない」ことを身に染みてしっている。
大使館だけではなく、本国の公共機関、高度な技術を持つ企業のセキュリティ厳密にする必要に迫られているため、監視カメラや検査技術、遠隔操作の技術が発達している。

また、コンピュータ・システムやネットワーク・システムを守る技術も優れている。
そのため、イスラエルの暗号技術は世界一を言う人もいる。



※コメント

イスラエルの情報機関は、多くの成功と失敗を繰り返してきた。
そのような中、現在世界トップレベルの情報機関と言われる迄になっている。
しかし、彼らにとってレベルが高いなどどうでもいいことかもしれない。
「国家が生き残る」という究極の目的のために、成功も失敗もないのだろう。
ダーウィンではないが、常に進化し続け、戦い抜くことが彼らの使命だ。
あらためて頭が下がる思いだ。

●誰でも情報のプロになる方法




元外交官・原田武夫氏の『世界と日本経済の潮目』(ブックマン社)が興味深い。

これは公開情報を読み解くことにより、誰でも情報のプロになれるという。
原田氏は、ドイツ大使館勤務などを経て、北朝鮮外交の実務に関わった方である。


『世界と日本経済の潮目』の要約


・世界で起きていることは、「金融資本主義」に帰着する

・日本人が国富を守るには、「新しいルール」を学び、使いこなすしかない

・情報リテラシーを学ぶことが重要である

・世界の潮目もまた、情報とは切っても切れない関係にある

・普通の読者にも「情報のプロ」になる方法がある

・伊藤博文の側近、伊東巳代治は「地獄耳」であった

・伊東巳代治が毎日やっていたのが国内外の新聞をくまなく読み、スクラップすることだった

・昭和の情報通、瀬島龍三は新聞を中心とする公開情報を精読し、事柄をパズルのように読み解いていただけだった

・欧州、アジアなどの公開情報を広くウォッチすることが重要である

・図書館は情報の宝庫だ

・メディアだけではなく、人脈から得た情報をスパイスとして加え、分析する

・北朝鮮は「安い労働力」「豊富な地下資源」「中国東北部やロシア極東部にとっての海の出口」といった意味で経済利権の巣窟

・買収工作で最後にモノをいうのがカネではなく、情報である



※コメント

世界は情報で動いている。
良い情報を得れば、利益を得ることができる。
ビジネスとは情報戦であることを痛感した。
またビジネスや政治に関わる者は、国際情勢と金融の知識を知らないといけないと思う。

なるべく多くの新聞を読むことが大切である。
1紙増やすのに月々5000円程度。
情報はカネがかかるが、目的達成のためには安いものである。









●官房長官、情報連絡体制の見直しを要請 
2008.2.29 12:19(産経ニュース)


 町村信孝官房長官は2月29日午前の閣議で、緊急事態が発生した際に各府省庁から首相官邸への連絡する体制について、点検するよう関係閣僚に求めた。

イージス艦衝突事故では首相への連絡が発生から約2時間もかかったため、情報伝達ルートや緊急連絡の対象となる内容について再検討する。

 政府は自然災害や海上・航空事故、テロなどが発生したときに各府省庁から内閣情報集約センターに報告することになっている。
ただ、イージス艦事故では生かされなかったため「それで必要十分であるか見直し、報告してもらいたい」(町村氏)としている。



●公文書管理へ体制作り、政府が有識者会議を設置
(2008年2月29日23時42分 読売新聞)

 政府は2月29日、公文書管理の体制作りに乗り出した。上川少子化相に公文書管理を担当させ、「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」を設置した。

 福田首相は少子化相に、公文書の作成から保存までの手続きを定めた文書管理法制定に向け、法案を来年の通常国会までにはまとめるよう指示した。

 同会議は少子化相が運営し、文書管理法の内容や国立公文書館の拡充について検討する。
少子化相はこの日の記者会見で、初会合を3月上旬にも開き、10月をめどに最終報告をまとめる考えを示した。


※コメント

以前より情報に関する政府の改革はなされていた。
情報伝達と文書管理は、政治の基本である。
少しずつ良くしていくことが大切だ。


●情報の世界は「人で始まり、人で終わる」

●韓国情報機関トップの国家情報院長に金成浩を内定


韓国の李明博(イ・ミョンバク)政権は、情報機関トップの国家情報院長に金成浩(キム・ソンホ)を内定した。
2008年2月28日、大統領府が発表した。
金氏は慶尚南道生まれ。
ソウル地検部長、司法研修院副院長など歴任。
盧武鉉政権で法相を務めていたが、大統領に反発して辞任していた。


国家情報院は韓国の情報機関。
国家安全保障に係わる情報・保安及び犯罪捜査などに関する事務を担当するために大統領直属で設置された機関。
韓国中央情報部 (KCIA) が改称した「国家安全企画部」が金大中政権下の1999年に改編された。
国情院と略称される。

院長の下に第1次長(海外分野)・第2次長(国内分野)・第3次長(北朝鮮分野)で構成される。




●情報の世界は「人で始まり、人で終わる」

佐藤優・コウヨンチョル『国家情報戦略』(講談社+α新書)の紹介。



難しいインテリジェンスのことを分かりやすく対談形式で書かれたものだ。
インテリジェンスの基本知識が得られる本である。
国家情報院長に金成浩氏が内定された繋がりで元韓国情報将校のコウ・ヨンチョル氏と佐藤優氏の対談本を紹介したい。


『国家情報戦略』のポイント

・情報の世界は「人で始まり、人で終わる」

・韓国・国家情報院の強みは、ヒューミント

・日露戦争時、工作活動で活躍した明石元二郎は、ロシア語、ドイツ語、フランス語を使いこなした

・暗記力、記憶力がスパイには欠かせない能力

・ビジネス情報が国家情報につながる

・ベトナム戦争の開戦を3ヶ月前に予測した瀬島龍三の言葉

「私がベトナム戦争発生をいち早く予測できたのは、特別な情報源からではない。
その情報の出所は、大部分、国内外の新聞記事だ。
一つの目的を持って新聞記事を読むと、高い水準の情報判断が生まれる」

・ルース・ベネディクト『菊と刀』は今でも対日インテリジェンスの古典

・北朝鮮にはモスクワやパリへの留学組らの欧米で洗練された国際感覚を持ち合わせたエリートが存在する

・日本の商社はCIAを上回る情報力を持っている

※コメント

人間からの情報収集を疎かにしてはならないと感じた。
相手と高度な情報交換できるには、自分も情報を持っていないといけない。
元・自衛隊幹部の志方俊之は、アメリカとの情報交換において、こう述べている。
「こちらが1つの情報をあげるとアメリカは10個の情報をくれた。
しかし、昔は1個の情報もあげられなくて苦労した」と。
情報は、ギブアンドテイクが基本だと思う。




※編集後記

昨日、友人の新聞記者と新橋でベルギービールを飲んだ。
そこで話してくれたことだが、記者というのは会社にいたら怒られるそうだ。
常に取材先に行き、話を聞くことが何より重要であると。
ネタを貰えなくても、通うことが大切なのだ。
そして、夜はいろんな人と酒を飲む。
これがスクープを取る秘訣だそうだ。


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●英国ヘンリー王子、タリバン掃討作戦に極秘参加



 英国防省は28日、チャールズ英皇太子の二男でヘンリー王子が、アフガニスタン南部の前線でタリバン掃討作戦に参加していることを明らかにした。


 国防省によると、王子はパソコンや無線機を使ってタリバンの拠点への空爆を誘導したり、機銃掃射するなどの作戦に従事、すでに10週間が経過している。

 ヘンリー王子は当初、偵察部隊を指揮する士官としてイラクに派遣される予定だった。
しかし、アルカーイダ系のイラク現地組織などがテロの標的にしていると伝えられたため、ダナット英陸軍参謀長が昨年5月、派遣撤回を発表していた。
王子は英王位継承権第3位。

(産経新聞)


※コメント

ヘンリー王子は、イートン校を卒業した後、2005年にはサンドハースト王立陸軍士官学校に入学。
2006年4月の陸軍士官学校卒業後、近衛騎兵連隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズに配属。


英国には、「ノーブレス・オブリュージェ」(高貴あるものの義務)という考え方がある。
身分の高い者は、危険な任務を進んで引き受け、国と国民のために自らの命を懸ける、というものだ。
そのため、戦争になると貴族や名門校の卒業生、在校生が我先にと最前線に赴く傾向にある。
もちろん、戦死率も高い。
このような考え方があるため、貴族は長年、国民の信頼をえている。

ヘンリー王子も当たり前のように、「ノーブレス・オブリュージェ」を体現した形だ。
王室では、アンドルー王子も1982年フォークランド紛争に際してはパイロットとして従軍した。

アンドルー王子は、女王エリザベス2世の次男。ヨーク公爵。
兄と違って大学進学せず、海軍兵学校に入学した。
1979年海軍に入隊。
1982年フォークランド紛争に際してはパイロットとして従軍した。


王室も情報活動と関わりは深い。
その独自のネットワークにより、インテリジェンス活動を行ってきた歴史がある。
「情報は紳士の仕事」というように、英国でも情報マンへの信頼は厚い。



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元外交官・岡崎久彦氏の情報戦略

●元外交官・岡崎久彦氏の情報戦略



岡崎久彦氏の情報論は面白い。

彼の略歴を簡単に紹介する。
1930年生まれ。
1952年、外交官試験合格と同時に東京大学法学部中退、外務省入省。
1955年ケンブリッジ大学経済学部卒業。
各国大使館勤務を経て、情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使などを歴任。
在任中より「戦略」「歴史」「情報論」など執筆、言論活動を展開する保守派である。

外務省ではどちらかというと情報畑が長かった。
「日本における情報戦略のエキスパート」といってよい。
幅広い教養に支えられた外交評論は切れ味鋭く、高い評価を得ている。


彼の情報に関する面白い考え方を整理してみたい。


・本質を知るには、中心部に飛び込め

・情報と戦略こそ、外交の要

・アングロ・サクソン世界の情勢分析にはアメリカ議会の議事録、ワシントンのシンクタンクの論文を読むことが大事

・「外交官というのは、外交、政治、経済、哲学、歴史、文学、芸術が分かって人間を完成させ、その人間的魅力で相手と渡り合う仕事である」(外務省の教え)

・「無駄な勉強」をどれだけやったかで人間は決まる


・情勢判断のポイント
1.あくまでも客観的であること
2.柔軟であること
3.専門家の意見をよく聞くこと
4.歴史的ビジョンを持つこと


・情報の基本は公開情報の分析能力にある

・勉強すればチャンスは見つかる



※コメント
岡崎久彦氏は、小学生のとき既に、漢詩を読めた。
また、ケンブリッジ大学に留学したときは、あまりにも優秀で教授たちが舌を巻いたとか。

彼の文章は、緻密で教養に満ちあふれている。
それらは彼の勉学と努力の賜であろう。
専門の外交を分析するには、大量の公開情報を読み込むことが重要であると力説することには共感を覚える。



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