『国際インテリジェンス最新事情』

国内外でのインテリジェンスに関する最新情報、分析をお届けします。 スパイ、謀略、国際政治、ビジネス情報戦、情報史、など盛り沢山の内容となっております。

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November 2014

◆手嶋龍一『ライオンと蜘蛛の巣:インテリジェンスの賢者たち』を読み解く



◆手嶋龍一『ライオンと蜘蛛の巣:インテリジェンスの賢者たち』を読み解く


※要旨


・生涯の友人を求めるならシングル・スカルの選手に限る。
こんな格言がある。
一年間の練習量は500時間を超える。
しかも、その練習ときたら、オールを手にしたまま意識を喪ってしまうほどつらい。
それでいて一年を通じた試合時間はわずかに2時間足らず。
シングルスカルは、一人で漕ぐボート競技だ。


・こんなスポーツに打つ込む男なら、さぞかし実があるはずだ。
アンディもスタンフォード大学の4年間を艇のうえで過ごしたスカル野郎だった。
卒業後は、四国の国立医科大学で英語教師をしながら学資を貯め、
やがてハーバード大学のロースクールとフレッチャー外交大学院に二重在籍した。
そしてこのふたつの最難関校を同時に卒業し、ワシントンとニューヨークの弁護士資格をとった。
こんな離れ業はどうすれば可能なのだろう。


・この茫洋とした青年は、さして気負った風もなく、
ふたつの大学院の授業と試験を悠々とこなしていった。
わたしがアメリカで所属していた研究所が主催する「安全保障プロジェクト」にもすすんで加わってくれた。
作業が深夜に及び、誰もが疲労の色を濃くするころから、
アンディは悠然とピッチをあげはじめる。
いらいらした表情も見せず、機嫌よく作業を続ける。
それでいて、体力や知力を決して見せびらかしたりはしない。
鍛え抜かれた選良のなんたるかを垣間見た一瞬だった。
こうした若者を多く擁している国をスーパーパワーと呼ぶのだろう。


・その後、アンディはニューヨークの有力弁護士事務所から
提示された10万ドルの年収には目もくれず、財務省入りする。
そしてわずかの報酬で議会との錯綜したやり取りに深夜まで励んだあとに、
ワシントン州最高裁判事のロー・クラークとして判例を調べ上げ、
判決の草稿を練る仕事に転じていった。


・日本にあってはインテリジェンスはどこか哀しげな影を宿している。
第二次世界大戦の敗色が一段と濃くなっていた東京に、
北欧の都ストックホルムから機密電報が打電されてきた。
だが、この極秘のインテリジェンスは暗号を解かれて政府と軍の首脳に届けられる前に、
深い闇に葬られる運命にあった。
「ソ連はドイツの降伏より3ヶ月を準備期間として、対日参戦する」


・このヤルタ密約こそ日本の敗北を決定づけるものだった。
だがそれゆえに、当時の陸軍の首脳陣は負のインテリジェンスを頑なに受け入れようとしなかった。
第一級の情報に接しても、不吉な将来を予見していれば、烈しい拒絶反応を示す。


・第二次世界大戦を通して小野寺信少将は、帝国陸軍のスウェーデン駐在武官だった。
インテリジェンス・ジェネラル、小野寺は、ロンドンに本拠を置くポーランド亡命政府と
緊密な関係を築き上げ、連合国側の極秘情報を入手していた。
その最大級のインテリジェンスこそ、ヤルタ密約の極東条項だった。


・この国では流した汗と費やした時間の総量が発言力の大きさを規定してしまう。
だが、インテリジェンスの世界にあっては、流した汗の量や費やした時間が、
正しい結論を導き出すとは限らない。
それゆえ、かつての東西両陣営の情報機関では、
ともにその経験則から情報を収集する者とこれを分析する者の役割を峻別してきたのである。


・分析の踏み台を直感の脚力で蹴ることのできる者こそ独創的な啓示を得る、
と看破したのはかの開高健だった。
インテリジェンスを読み解く者が、石をひたすら拾い集める者の努力を思って、
情に流されればたちまち直感の脚力は萎えてしまう。
あるときはおのが国の滅亡すら冷たく予言し、あるときは情報の質を極限までに追い求めて、
汗の介在を断じて許さない。


・エルプールズ山脈の裾野に広がるペルシャの都市テヘランの地に、
わが日本の諜報組織の戦果が花開いたのは、1991年。
湾岸戦争の開栓前夜のことであった。
この日、イラク空軍の編隊40数機が突如イラン・イラク国境に姿を見せ、
仇敵イラン領内の基地に着陸を試みた。


・日本大使館の情報アンテナが異変の片鱗を捉えたのはその直後だった。
中東の大国イランは背後でかつて戦火を交えたイラクとひそかな盟約を結んだのか。
それとも、単なる空軍将校の集団亡命なのか。
斉藤邦彦駐イラン大使に率いられた情報戦士たちは、
国家機密の壁に爪を立てるようにしていただきを登りはじめた。
そうしてイランの最高首脳の真意に迫っていた。


・「誰しもそうなのだが、国家も金銭で買うことができるものを信じ、
買えないものは疑ってかかる」

同盟国といえども、決して安易に機密情報を投げ与えてはならない。
コストをかけずに受け取った情報など、提供された相手も真のインテリジェンスとは受け取らないからだ。


・イランの複雑怪奇な行動に伏流する多義性を精緻に分析した斉藤情報は、
湾岸戦争の終結後、十数年が経った今日もなお、その輝きを失っていない。
国家の指導者が欲する情報に安易に迎合しない、
そうしたインテリジェンスには、独自の生命力が宿っている。


※コメント
どんな出来事も、書き手の筆致によって、面白くもなり、その逆もある。
手嶋氏の独特の比喩と表現力は、キザであり、事実を淡々と伝える記者出身とは思えない。
その出来事の重要性と新しい見方を教えてくれる。


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◆小川榮太郎『約束の日。安倍晋三試論』を読み解く


◆小川榮太郎『約束の日。安倍晋三試論』を読み解く




※要旨


・「安倍の葬式はうちで出す」
→2006年、安倍内閣当時の、ある朝日新聞幹部の発言だ。



・政治評論家の三宅久之氏は、筆者へ次のように語っている。

朝日新聞の論説主幹の若宮啓文と会ったときにね、
「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、いいところはきちんと認めるような報道はできあいものなのか?」
と聞いたら、
若宮は言下に「できません」と言うんですよ。
で、「なぜだ?」と聞いたら「社是だからです」と。

安倍叩きはうちの社是だと言うんだからねえ。
社是っていわれちゃあ・・・。



・安倍内閣では、理念の提唱にとどまらず、教育基本法改正、防衛庁の省昇格、
憲法改正の布石となる国民投票法の制定、天下りの規制を皮切りとする公務員制度改革など、
過去半世紀のすべての首相が敬遠してきた国家の土台部分の難しい宿題を、一挙に前進させたのである。
一内閣一仕事といわれた従来の自民党政権の常識からは想像もできない濃密さとスピードだ。



・私が安倍晋三さんの面識を得たのは、平成23年10月のことだ。
物静かな微笑み、寛いだ中にも、自ずから感じられる気品と威厳の高さが印象的だった。
語り口は澱みなく、会話の中にさりげなく挟まれるユーモアは、その場を不思議な明るさで包み込む。


・安倍内閣の先代、小泉純一郎は、永田町の変人として若い頃から知られていた。
群れない。友人を作らない。孤独に強い。
強気の風貌も、歯切れの良い発言も魅力的だが、
総理就任直前まで、総理にまで上り詰めると予想した人は殆どいなかった。


・小泉政権の最大の功績は、異例の高支持率を獲得して長期政権維持に成功したことだ。
政治の安定は最大の国力だから、これはもちろん皮肉ではない。


・官邸運営の要諦は、情報と人事。
会社でも通例を無視した極端な人事をやれば、みんな不満を持って動かなくなる。
それと同じ。
官邸人事の肝は、誰を総理秘書官に据えるかだ。
ところが安倍さんは国鉄からノンキャリア官僚になった井上義行さんを据えて失敗した。
(飯島勲)



・戦争には軍師が必要だ。
しかし、安倍さんの周囲は、安倍同様の理念型の人材が多く、
水面下で暗躍する飯島勲型の凄腕の知恵袋はいなかった。


・総理在職中、病気で退陣した安倍さんについて、秘書の初村氏は次のように述べている。

「実はこうなる前に、秘書や近親者は、何度も本人に、退陣してくれ、と頼んでいました。
単なる腹痛や下痢の頻発ではすまない状況に近づきつつありました。
しかし、本人は自分でなければ果たせないことがある。
自分は松蔭先生を本当に心の師としてきた。
松蔭先生同様、死を賭しても国のために戦い抜く、自分が辞めるのは死ぬ時だ、の一点張りでした」



※コメント

安倍・前政権の反省点としては、
総理秘書官の機能不全、官僚組織のマネジメント、メディアとのコミュニケーション、
閣僚の失言と身体検査不足、参院選挙の敗北などが挙げられるだろう。
もちろん、すべて安倍さんのせいではないかもしれないが、最終的にはトップの責任となる。
第96代内閣総理大臣になった彼の今後の手腕に注目したい。




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◆小川榮太郎『国家の命運:安倍政権、奇跡のドキュメント』を読み解く




◆小川榮太郎『国家の命運:安倍政権、奇跡のドキュメント』を読み解く


※要旨


・安倍晋三は一度、地獄を見た男である。
言うまでもなく、前回総理大臣だった時の、病気による突然の辞任だ。
前安倍内閣が10年分の仕事を一人で成し遂げたという有識者の評価は定着している。
教育基本法の60年ぶりの改正、防衛庁の省昇格、憲法改正のための国民投票法の制定、
公務員制度改革の本格的なスタート。
この挑戦が、マスコミや霞ヶ関という虎の尾を踏んだ為に、
バッシングの嵐を一身に受け、退陣に追い込まれた。


・地獄はまだ終わらない。
安倍は、辞任後、数ヶ月で体調を回復し、少しずつ活動を再開する。
東京駅で新幹線を待っていると、
「安倍かよ、どの面下げてこんなところに出てきたんだよ、向こう行けよ」
と罵声が飛ぶ。

飛行機では、
「スチュワーデスさん、あそこに安倍がいるだろ。
一緒の列に座るの嫌だから、席を替えてくれよ」
と聞こえよがしな嫌味が安倍の心を抉る。

安倍の若手秘書、初村滝一郎は、あの日々を、
一億人全員を敵に回したような弧絶感だったと述懐する。


・だが、安倍は耐えた。
安倍は耐えることができた。
安倍の中で曙光が見えたのは、辞任後に地元選挙区に初めて戻ったときだった。
地元で待っていたのは、人の列、そして温かい声援と拍手だったのだ。


・そして、隠忍自重の日々がくる。
安倍は内省を重ね続けた。
自らの失敗の原因を冷静に見つめ直し続けた。
一方、政策の勉強も、以前に増して重ね続けた。
日本の真の課題は何か。


・安倍の気品や温和な風格を、人の良い柔弱さと勘違いしてはならない。
今の安倍の穏やかで突き抜けたような明るさと自ずから表れる威厳は、
地獄の火に焼かれて生還した男の強さに他ならない。


・退陣後の5年間、安倍はひたすら自重し、落選議員の地元に頻繁に入って応援し、
選挙区でも、元首相としてはあり得ないほど、小さな会合にマメに顔を出し、
裏方、下支え、反省に徹してきた。
有識者とも議論を重ね、政策の勉強を深めてきた。


・出遅れたとはいえ、総裁選に出馬表明した安倍は、実に晴れやかだった。
事態も直ちに動き出す。
出馬表明の翌日早々、麻生太郎と高村正彦が、派閥として安倍支持を打ち出したのだ。
数は、それぞれ10人、6人と少数派閥だが、領袖が明確に安倍支持を打ち出したのは大きい。


・菅義偉によると、麻生に安倍の応援を頼んだとき、麻生は、
「安倍は日本の宝だ。それを分かっているのか。勝たせる自信があるのか」と言われたという。
菅は、
「麻生先生が応援してくだされば勝てます」と答えた。


・権力を掌握したら、祝いも感傷も抜きに、即座に仕事に取り掛かる。
それが安倍の流儀らしい。
総裁選翌日の9月27日には党役員人事を早々と決めた。


・総選挙後の安倍の初動は早かった。
組閣前、既に、安倍は事実上の総理としての仕事を矢継ぎ早に仕掛ける。
総選挙勝利の当日、早くも安倍は、甘利明に「経済財政諮問会議」と「日本経済再生本部」の
2つの組織の設計図作りを託している。


・老練な組閣人事。
第二次安倍政権の組閣は、前回と違い、奇妙なまでに正確、微細に、人事構想が報じられ続けた。
派閥の推薦を受けずに、総理が主導権を取りつつ、人事構想を逐次外に出すことで、
猟官運動を封じ、組閣の方針を議員らに暗黙の裡に伝える。
総理の意向を事前に風評の形で知らせながら、求心力をあげてゆくかつてない老獪な人心収攬術である。


・安倍政権はぎりぎりで間に合った奇跡の政権である。
安倍は、この国を救うために、地獄の底から命を賭して戻ってきた類いまれなる政治家である。


※コメント
数年前まで安倍さんの再登場を予測していた人はいたであろうか。
人の情熱というものは、山を動かし、国を動かすということを改めて実感した。
今後も、安倍政権をウォッチしていきたい。


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◆高橋洋一『バカな外交論』を読み解く




◆高橋洋一『バカな外交論』を読み解く


※要旨


・「外交」と聞いて、あなたはどんなことを思い浮かべるだろうか。
ひと言でいってしまえば、外交とは「貿易」と「安全保障」の話をすることである。


・外交には国益がかかっている以上、その動向は国民の利害に直結する。
であれば、みずからが外交のプレイヤーとなることはなくても、
もっと具体的に外交の何たるかを知っておいたほうがいい。


・経済的結びつきが強ければ、軍事的結びつきも強くなる。
その反対もまたしかりだ。
ちょっと考えれば、当然だとわかるだろう。


・貿易は、戦争が起こる可能性がきわめて低い国、すなわち安全保障条約が結ばれており、
軍事的結びつきが強い国ということが前提となる。
つまり、貿易が盛んな国とは、必然的に安全保障上の関係も強まる。
お互いの利益を守るためには、軍事的な争いを避けることが一番だからだ。


・表裏一体の「経済同盟」と「軍事同盟」。


・貿易の盛んな国とは、いわば一蓮托生、リスクを共有しているということになる。
だから「経済同盟」と「軍事同盟」は一体になって当然だ。
いってしまえば当たり前すぎる話なのだが、外交の基本として、
貿易と安全保障を結びつける視点は、つねに持っておいたほうがいい。


・「経済制裁」にこそ抜け穴が必要。
ある国が国際社会から批判されるような行動に出た場合に、
よく経済制裁というものが行われる。
具体的には、その国との貿易を制限したり、人やお金の行き来を禁じたり、
その国の要人の対外資産を凍結したり、あるいは相手が貧しい国であれば、
救援物資や経済支援を中断したりなどなど、多岐にわたる。
要するに、武力を使わず、経済を通じて「悪いこと」をした国をこらしめる手法だ。
これも経済外交の一つといっていいだろう。


・この経済制裁について、よく取りざたされるのが「効果の程度」だ。
経済制裁は、「私たちは怒っている」「行動を改めなさい」という政治メッセージを送り、
相手国の為政者に間違いを気づかせ、方針を改めさせることが目的だ。
決定的には追い詰めず、「ちょっと困らせて反省させる」というさじ加減において、
一国の外交手腕が問われることになる。


・マスコミは、情報を伝える役割を担っているのだから、少なくとも、
きちんとした事実関係やデータ(ファクト)を知らなければならない。
しかも、それを的確に捉えて伝える論理力(ロジック)も必要だ。


・ファクトとロジック、この2つの基本的、かつ最低限の素養があって初めて、
メディアとしての役割を果たせる。
しかし日本のマスコミは、2つとも欠けていると思うことが多すぎるのだ。


・私なども、本を書くときには第一にファクトとロジックを重んじる。
経済や政治について、感情や個人的な好き嫌いで論じることはいっさいない。
無知は、情報を見る目を曇らせ、近視眼的で感情的な見方に人を傾かせる。


・私は「ふんわりした理解」が誤解の元だとつねづね言っているのだが、
まず基本の基本として、言葉を正しく理解することが重要だ。
少しレベルは高くなるかもしれないが、「英語で説明できるか?」と考えてみると、
言葉の欺瞞や矛盾を見抜けることが多い。


・英語が苦手な読者にとっては、「英語に置き換えてみる」なんてハードルが高いかもしれないが、
英語力はいつからでも鍛えておいて損はない。
例えば日々、触れる情報を英語でも読むようにしてはどうだろう。


・幸いなことに、今はネットで簡単に海外の報道にアクセスできる。
同じテーマについて海外でいわれていることを知るだけで、
国内議論がおかしいと気づける場合も非常に多いのである。
また、ウィキペディアなど辞書的なサイトを、英語で読む習慣をつけるのも一法だ。


・「川を上れ、海を渡れ」
私が官僚時代、先輩諸氏からつねづね言われていたことだ。
今も、私がものを考える時の基本の一つになっている。
まず、「川を上れ」とは、歴史を遡ってみよ、ということだ。


・今の世の中は、連綿と続いてきた人類の歴史の結果だ。
どんな出来事も、突如として起こったわけではなく、
まるでドミノのような歴史的経緯の積み重ねによって起こっていることである。
だから「川を上る」こと。
過去を振り返り、現在を見つめ、未来を見据えることで、あなたの考えはぐっと論理的になるだろう。


・「川を上れ」は、中学・高校レベルの世界史が基本。
歴史を振り返る際に、意外と役立つのは中学や高校レベルの世界史だ。


・私はプリンストン大学に留学した際、国際政治学を学んだ。
当然、博士レベルの高度な知識を身につけたわけだが、一方、
実際に外交を考える際に使う知識は、学校教育レベルのものも多い。


・「海を渡れ」とは、海外に目を向けてみよ、ということだ。
国際法や国際憲章は、市場原理ほど揺るぎないものではないまでも、
世界で通用するロジックを知る手っ取り早い方法だ。
外交を考えるときには、まず参照するといい。


・国際法は国内法ほど明確な規定ではないが、
国際社会で共有されている価値観、モラルといったらいいだろうか。
こうした視点を持っておくと、外交を考えるセンスが一気に鋭くなのである。



※コメント
経済についてのコラムが多い高橋氏であるが、プリンストン大学への3年間留学のときは、
国際政治を専攻していたようだ。
そのときに興味があった金融論や国際経済について、同時に学んだそうだ。



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◆石原慎太郎『エゴの力』を読み解く



◆石原慎太郎『エゴの力』を読み解く


※要旨


・人生にはいろいろな岐路がある。
恋愛にしろ結婚にしろ、あるいは仕事の上での意見の違いや摩擦、
いずれにせよそこで何を選ぶか、どう進むかを決めるのは所詮、自分自身でしかない。
その選択の起点は自らのエゴによるしかありはしない。


・成功、不成功、勝利、敗北、人生を決めるのはエゴの力でしかない。
ならばエゴとは何なのか、それは人間の個性。
その個性とは何なのか。
個性とはその人間の感性が培うものでしかない。


・私が都知事に就任してすぐに、英国のサッチャー元首相と会談した。
そしてフォークランド紛争について語り合った。
彼女はこういった。
「私は誰がどう見ても傾いていくイギリスの威信というものを取り戻すためには、
あの小さな領土を絶対に手放してはならないと思った。
そこで周りに相談しても皆が躊躇するあの戦争を私自身の責任で決断したのです。
たった一人だけ参謀総長が私を支持してくれたので、
本当に2人して国家の命運を決めるあの戦争に踏み切ったのよ」


さらにこう語っていた。
「やはり政治家は一度決めたことを立ち止まらずに貫き通さなければ、
政治家である意味はありはしないと思うわ。
そして周りの反対を押し切ってでも正しいと思ったことを行うときに、
それを支持する信頼できる有能な部下が一人だけでもあれば必ず事を成し遂げることができるものよ」


・感性を磨きたければ趣味を持て。
人生にはいろんな出来事が待ち受けている。
その行程のさまざまなハードルを越えて納得のいく人生を過ごすために必要なものは、
人間の備えた強さを存分に発揮することに他ならない。
人間の強さとは何かといえば、それはその人間の備えた個性の力だ。


・何か自分が好きな趣味をもつことは、なんとかもっと上達したいと工夫することを意味する。
自分の感性を強いて駆使して工夫を促す。
これは極めて大脳生理の理にかなったこと。
自分の自我なり個性に自信のない人間は、
何でもいい、たとえば動物を飼うことでも芸事でもスポーツでもいいから、
絶対に自分の趣味を持つこと。


・私が総じて発想力のない役人たちにいっていることは、
君たちが発想力をつけるためにも何でもいいから、
こんなつまらんことと思わずにとにかく自分が興味の持てる趣味を持て、と。
そして、その趣味で自分の上達をはかることで初めて感性が育まれ、
強靭なものになって発想力を備え、仕事の中でそれが活かされ、
かつまたそれによってエゴが強化され、組織のなかでのその人間の評価も高まる。


・世界的大数学者の岡潔さんの成功の所以は、
私は岡さんが日頃から非常に俳句が好きで、
特に芭蕉の俳句にハマッていたことにあると考えている。


・岡さんは、あるとき数学の難問を解くために思い立って、
芭蕉の有名な奥の細道を、芭蕉が作句した時候と場所に合わせて辿った。
たとえば「しずかさや岩にしみ入る蝉の声」なる名句でいえば、
あの山形の立石寺の裏庭を訪れ、そこの縁台に腰をおろし、
庭で鳴いている蝉の声に聞き入りながら鑑賞したそうな。
そのようなことを繰り返した結果、彼の感性、つまり自我が触発され、
誰も成しえなかった数学の大難問を20年で解ききってしまった。


・これは俳句という世界で最も短い詩形をあみ出した日本人独特の感性、
たとえばアンドレ・マルローが、
「永遠を一瞬のなかに凍結できるのは日本人だけだ」
と驚嘆した日本人独特の感性を、
岡さんが俳句の中に認め見出した。
それを自分の体の内で体得して味わうことで、
そのエネルギーが感性を刺激し岡潔のエゴを形成し、
それが働いて誰も解けなかった数学の難問を解かせたということだ。


・浪費こそが最大の貯金。


・無理して使った金の人生への効用。
私は海でのスポーツとしてのオーシャンレースに現(うつつ)を抜かしていた。
これまた日本の近海では味わうことのできない、まさに太平洋ならではの海の風物であり、
そのなかで海を操りながら事あるごとにしみじみ太平洋という世界最大の海の魅力を満喫することができ、
その全てが私の体のうちにしまいこまれて、
わたしの物書きとしての、いや、それ以外の私のすべての人格というものの形成に、
役立ってくれたような気がする。


・昔からいい習わされてきた絶対の教訓、
「天は自ら助くる者を助く」
という言葉を思い起こすべき。


・自分で自分を助けることで、自分で努力して自分の人生を切り拓いていくために強い自分をつくる。
強いエゴを培い備えていくためには他人に頼ることなしに自ら努める。
自らの個性を強めるために鋭い感性を培い備えるためには、
自分の好みに合った趣味を選び、それをこなして熟達するために努力する、
つまり脳幹を刺激し続けることだ。


※コメント
さすが石原さんの面白い見解だ。
勉強になる。
個性の塊である、石原さんだからこそ書けた一冊だろう。


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◆高橋洋一『消費税増税の真実・官僚による日本支配の実態』ご紹介。



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『2015未来予測』シリーズとなっております。



●第一回 消費税増税の真実
 官僚による日本支配の実態
 講師:高橋洋一氏

●第二回 TPP問題の真実
 米国による日本支配の実態
 講師:関岡英之氏

●第三回 ウクライナの真実
 世界を陰で操る支配者の正体
 講師:馬渕睦夫氏

●第四回 2014 世界の真実
 激動を読み解くただ一つの視点
 講師:日下公人氏



詳細はこちら↓

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◆石崎絢一『言葉で現実を引き寄せるメソッド。日本語に秘められた言霊の力』ご紹介。




◆石崎絢一『言葉で現実を引き寄せるメソッド。日本語に秘められた言霊の力』ご紹介。


詳細はこちら↓

http://infotopa.biz/item/63870/5287/



皆様の中には、

“引き寄せの法則”
“思考は現実化する“
“ザ・シークレット”
“マーフィーの法則”

これらの西洋の成功法則を聞いたことがあると思いますし、
実際に学んだことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

でも、これらの西洋の成功法則で効果はありましたか?


実は、多くの日本人が、
西洋の成功法則で結果が出なくて苦しんでいます。
実際に思い当たることがあるかもしれません。


でも、それは当たり前で、
西洋の成功法則でうまく行かない理由があるのです。


なぜ『引き寄せの法則』だけでは、うまく引き寄せられないのか?
なぜ西洋の成功法則、価値観では、不幸になるのか?
なぜ「ありがとう」と言ってるのに、うまく行かないのか?


ヒントは・・・私たちが日本人だからです。

まだ日本でほとんどの人が知らない、最新の量子力学で完璧に実証された、
世界最先端の言葉で現実を引き寄せるメソッドとは?

今回は日本人のための引き寄せの法則「和の成功法則」を期間限定で公開します。



詳細はこちら↓
http://infotopa.biz/item/63870/5255/





◆手嶋龍一『1991年・日本の敗北』を読み解く



◆手嶋龍一『1991年・日本の敗北』を読み解く


※要旨


・湾岸戦争後、アメリカ側の手の内が明らかにあるのだが、
ブッシュ大統領(シニア)は1990年12月下旬、
信頼するチェイニー国防長官とパウエル統合参謀本部議長を湾岸に派遣し、
シュワルツコフ司令官との間でイラク開戦への周到な準備にあたらせていた。
帰国した2人は、クリスマスイブの12月24日、
キャンプデービット山荘にブッシュを訪ね、現地の模様を詳しく報告した。


・シリアに小野寺あり。
「東京経由のインテリジェンスに意外な拾い物がある」
この頃、ワシントンの情報関係者の間でこんな話が囁かれていた。
湾岸情報を一方的に享受するばかりだった日本。
しかし、その東京情報には時折目を瞠るような上質なものが含まれているというのである。


・「東京経由のインテリジェンスの拾い物」は、
日米間の情報インバランスの改善に無視できない役割を果たした。
イラクのフセイン政権の中枢に諜報ネットワークを張り巡らし、
日本へ貴重な情報をもたらしていたのは、BND・ドイツ連邦情報局だった。
バイエルンの美しい古都ミュンヘン郊外プルラッハに本部を持つBNDは、
旧ドイツ陸軍の対ソ秘密情報機関として知られる「東方外国軍課」にその淵源を有する。


・ソ連や東ヨーロッパに諜報網を作り上げたのは「顔のない男」と呼ばれた、
ラインハルト・ゲーレンだった。
ゲーレンは回顧録のなかで、
「アラブ諸国の伝統的な親ドイツ傾向は、
西ドイツの国家戦略を再構築するうえで計り知れない価値があった」
と告白している。


・BNDは、エジプト、イスラエル、イラン、イラクなど、
中東の戦略拠点に諜報エージェントを巧みに配していたのである。
日本は、意外な街でこの強力な情報機関と密やかなコンタクトを保ち続けていた。
アラブ強硬派シリアの首都ダマスカスがそれである。


・当時、シリアには外務省ドイツ・スクールに属し、
「衝立の向こうでドイツ語を話していれば日本人と思う者はいない」
といわれた小野寺龍二が日本大使として在勤していた。
彼は情報調査局の審議官や防衛庁の国際担当参事官を歴任するなど、
インテリジェンス畑を歩んだ数少ない外交官だった。


・小野寺は幼少時をラトビアそしてスウェーデンで送り、
かの地で第二次世界大戦の終結を目撃するという数奇な体験を持つ。
父である、小野寺信は帝国陸軍のストックホルム駐在武官として連合国側の情報収集にあたっていた。


・小野寺信の情報ルートを通じて日本にもたらされた機密情報のひとつが、
「ヤルタ密約」だった。
しかし、その情報は国策にいかされなかった。
情報の持つ業の深さ、その非情さ。
小野寺家の父母とその息子は、インテリジェンスの世界の深淵を垣間見た稀な人々であった。


・そして運命のめぐり合せだろうか。
日本は、戦後45年目にして遭遇した国際的危機にあって、再び小野寺を必要としたのである。
息子、龍二の血のなかには、紛れもなく、父の信念が脈打っていた。
真に価値のある情報を得ようと思えば、
情報源との間に深い人間的な絆を築き上げるほか道はない、と。


・「敵についての知識は、神からも悪魔からも得ることはできない。
それは、洞察によってのみ手に入れることが可能である」

イギリス秘密諜報部に永く言い伝えられている格言だ。
情報活動は極めて人間的な営為である。
深慮とひらめき。
このふたつがあいまって鋭い洞察力を生む。


・「イスラエル、ベルリン、ワシントン、ロンドン。
日本ほど経済大国になれば、世界各地から枢要なインテリジェンスが、
各省や民間のルートを通じて怒涛のように流れ込んでくる。
そこからわずかに光り輝くダイヤモンドを選り分ける眼力を持ち、
時に互いに交換し、価値を認め合うことこそ大切なのだ。
だが東京は、宝石の原石を金にあかして買い漁り、
玉石混合のまま金庫にしまいこむ商人にも似ている」

東京で長年、日本の情報に対する鈍感さを目撃し続けている英国外交官の皮肉な弁である。


・「人の国に情報を頼っていて、どうして独自の外交など望めようか。
たとえ、情報を他国に頼ったとしても、自らの力で検証できず、
どうして自国の政策を満足に遂行できるだろうか」
このイギリス外交官は、日本にこんな疑問を投げかけている。


・外務事務次官松永信雄は、気鋭のペルシャ語の専門官をテヘランに次々に送り込み、
長期的な視点からイラン社会にどっしりと根に下ろした人脈の開拓にあたらせた。
このとき播いたペルシャの香り米の種子は、やがてほのかな芳香を放って、
日本の対イラン外交に豊穣な秋をもたらすことになる。


・テヘランにおける日本の情報活動の成果は、ペルシャ語の専門官たちによる、
地を這うような努力の末に得られたものだった。
イラン側の安易な情報提供に頼った事実はない。
ある者はこつこつと積み上げられた人脈から、ある者は自らの足で、
またある者は全くの偶然から重要情報をキャッチした。


・同盟国日本への「内報」。
「内報」は、しばしば国家間の関係を映し出す鏡となる。
国策上の重大な決定を、公表前にどのようなタイミングを選んで関係諸国に通報するか。
そこには「内報の国際政治学」とでもいうべき法則がある。
重要な同盟国には、外交ルートを通じて、決定がいち早く極秘裏に伝えられる。
だが、たとえ同盟国であっても、微妙に利害が絡む国に対しては、
その骨子だけが発表直前に伝達されることが多い。


・外交に果たす公電の存在には、部外者の想像を超える重みがある。
外交論の優れた古典として知られる『外交』 のなかで、
ハロルド・ニコルソンは、外交交渉を担う者に求められる要件のひとつに、
正確さをあげている。


・素人外交官の口頭による約束に比べて、
職業外交官は若き随員時代から「正確であれ」という原則に厳しく訓練されているため、
まず文書によって合意に正確を期す。


・あるベテラン交渉官は後輩たちに次のように語っている。
「国際的な落としどころと国内的な落としどころの一致点を見極めるのは、
至難なことだ。
外国との交渉だけをやってきた者、
またドメスティックな取りまとめだけをやってきた者には、
そうした仕事は到底為し得ない。
この困難な任務をどうのようにして乗り越えていくのか。
諸君は日々の業務のなかから学び取ってほしい」


・国内の複雑な利害調整に血を吐くような思いをしたことのない者には、
外国との交渉で本当に国益に沿った決着を図ることができない。
その一方で、外国との交渉の任にあたって、
退路を断たれるような辛い思いを味わったことのない者には、
人々の納得を得る妥協策を国内で見出すこともまた難しい。


・二元外交は、漆黒の夜空に打ち上げられる花火に似ている。
それは、一瞬の間、大輪を広げて華麗に輝くが、同時に地上の現実を照らし出してしまう。
そして結局は、外部に自国陣営の脆さと醜さを露呈する。


・「戦争は同盟の墓場だ」
英国外交官にして詩人でもある友人が語った言葉を私は今も忘れない。


・「試練を経た友情のみが真の友情だ」
と語ったのは周恩来だったが、
日米同盟はまったく試練のなかにあった。


・先の大戦を英米同盟の執行役として戦い、引退したある老外交官は、
午餐の席で若き外交官にこう諭した。
「同盟関係とは苛烈なものだ。
わが英国が米国と同盟の契りを結んでしまった以上、
いかなることがあっても、君たちは米国を支持せざるを得ないのだ。
そこに外交上の選択などありはしない。
常にイエスと言い続けること。
それが君たちの職務であり、義務なのだ。
外に向かっては、あたかも同盟国米国の前に立ちはだかって諫言し、
時に彼らの要求を拒んでいるように振る舞って見せなければならぬ。
そうすることによってのみ、英国民の間にわだかまる屈辱感をいささか払拭しうるのだ。
そして、同盟は辛くもその命を永らえることができる。
同盟関係とは、キュー・ガーデンの温室に咲く古代の蓮のように脆いものなのだ」


・戦争は同盟に潜む矛盾を一挙に噴出させる。
湾岸戦争もまた、日米同盟の最も柔らかい脇腹を直撃したのだった。


※コメント
外交や国際政治というものは、あらためて厳しいところだ。
相当の胆力をもった人でないと、外交官はつとまらないのだろうと感じた。


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◆門田隆将『この命、義に捧ぐ。台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』を読み解く




◆門田隆将『この命、義に捧ぐ。台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』を読み解く


※要旨


・台湾領でありながら、台湾本島から180キロも離れ、
一方、中国大陸からはわずか2キロしか離れていない「金門島」。
大陸にへばりつくように浮かぶこの島は、なぜ今も台湾領なのだろうか。


・金門島と台湾本島との間に圧倒的存在感をもって横たわる台湾海峡は、
なぜ今も、中国の「内海」ではないのだろうか。


・台湾と台湾海峡を守るために日本からやってきた謎の男。
その日本人は、敗戦から4年が経った1949年、
ある恩義を台湾に返すために「命を捨てて」この地に姿を現したのである。


・第二次世界大戦後、自由主義陣営と共産主義陣営との剥き出しの覇権争いが、
世界各地で行われた。
その中でも、質的にも量的にも最大の熾烈な激突が中国大陸で繰り広げられた。
国民党の蒋介石と共産党の毛沢東との間で行われた血で血を洗う激戦、いわゆる「国共内戦」は、
ここ金門島で決着がついたのである。


・それは誰にも予想しえなかった「国民党の勝利」に終わった。
敗走に敗走を重ね、雪崩をうって駆逐されていた国民党軍(国府軍)が、
この戦いにだけ「大勝利」する。


・それはまさに「奇跡」としかいいようのないものだった。
そしてその陰に、実は、その日本人の力が大きくかかわっていたことを知る人は少ない。
元日本陸軍北支那方面軍司令官・根本博中将。
終戦後の昭和20年8月20日、内蒙古の在留邦人4万人の命を助けるために敢然と武装解除を拒絶し、
ソ連軍と激戦を展開、そしてその後、支那派遣軍の将兵や在留邦人を内地に帰国させるために、
奔走した人物である。


・在留邦人や日本の将兵が国府軍の庇護の下、無事、帰国を果たしたとき、
根本はそのことに限りない「恩義」を感じながら最後の船で日本へ帰って行った。


・「義には義をもって返す」
軍人でありながらヒューマニズムの思想に抱かれ、生涯、その生き方を貫いた戦略家。
戦後、大転換を遂げた価値観によって混乱の波間を漂い続けた日本で、
なぜ彼のような軍人が存在しえたのか。
「命」を守り、「義」を守った陸軍中将。
彼のしたことは、その偉業から60年を経た今も、決して色褪せることはない。


・本書は、命を捨てることを恐れず、「義」のために生きた一人の日本人と、
国境を越えてそれを支えた人たちの知られざる物語である。


・台湾は日清戦争で勝利した日本が清国から割譲を受け、
50年間にわたって心血を注いで発展させた地だ。
清朝が「化外の地」として統治することすら敬遠した地を、
必死の思いで開発し、整備し、教育を施してきた。


・明石元長は、わずか2年とはいえ、小学校時代を台北で過ごしている。
父親の明石元二郎が台湾総督として台北に赴任したのは、大正7年である。
元長はこのとき、小学5年。
元二郎は、妻も2人の娘も、そして母親も東京に置いたままだったのに、
なぜか長男の元長だけを連れて、台湾に赴任している。


・日露戦争時、日本陸軍最大と称された謀略工作をヨーロッパの大地で展開した元二郎が、
小学校の高学年となった息子を手元に置いたのは、自分が得てきた知識や経験を、
息子に引き継ごうという思いがあったことは想像に難くない。


・1949年、台湾に深い思い入れのある明石元長は、
根本博を台湾に密航させるため、資金調達に走りまわる。
GHQ支配下だった日本では、それはまさに国禁をおかす危険な活動であった。
元長の筆舌に尽くしがたい資金集め活動により、なんとか根本の密航出発に成功する。
その4日後、台湾を助けるために奔走した明石元長は精根使いきり、急死した。
42歳だった。


・元長を看取った高校生にすぎない元長の長男・元紹が、
父がやろうとしたことの「真の意味」を知るには、
それから60年という気の遠くなるような年月が必要だった。
60年後、台湾の金門島に招かれた明石元紹は、父が犬死ではなかったを知った。


・昭和20年8月15日、陛下自らの「終戦の詔勅」が発せられた。
放送を聴きおえた駐蒙軍司令官・根本博は、
指揮下の全軍に対して、司令官としての絶対命令を下した。

「全軍は別命があるまで、依然その任務を続行すべし。
もし命令によらず勝手に任務を放棄したり、守備地を離れたり、
あるいは武装解除の要求を承諾したものは、軍律によって厳重に処断する」


・目を見開いた根本の口から発せられたその迫力に、居並ぶ幕僚たちは圧倒された。
それは有無をいわせぬ絶対命令だったのである。
上層部から武装解除命令が出ているのに、駐蒙軍は司令官の根本の命令によって、
それを拒否するというのだ。


・根本は、特にソ連軍主力と激突する「丸一陣地」の守備隊に対して、こう厳命した。

「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ連軍を断乎撃滅すべし。
これに対する責任は、司令官たるこの根本が一切を負う」
これまた根本自らの覚悟の命令だった。


・根本はソ連相手に絶対に武装解除しないことを決意していた。
彼は、日本陸軍にあってソ連の本質を見抜いていた数少ない軍人だった。
中佐時代の昭和5年、根本は陸軍参謀本部第二部(情報担当)の支那班の班長になっている。
このとき、ロシア班の班長が、根本と陸軍士官学校で同期の橋本欣五郎中佐である。


・当時、両課の課長が同室で仲がよく、かつ両班の班長が同期であり、
班員同士が密接に往来し、お互いの班長を「ねもさん」「橋欣」と呼び合うほど、
日常的に情報交換を行っていた。
それぞれが得た情報と分析は、同期の両班長によって「共有」され、
そのため、根本は専門の支那情報だけでなく、ロシア情報にも通じ、
ソ連軍の本質や危険性を知悉していたのである。


・終戦時の日本同胞に対する蒋介石の恩義。
それは、北支那方面軍司令官として、内地への引き揚げを一手に引き受けた自分が一番知っている。
敗戦に際し、自決を決意していた自分が今、生きているのは、
あのとき、内蒙古にいた4万人の在留邦人と35万人の北支那方面軍の部下を内地に送還してくれた、
寛大な蒋介石の方針によるものであったことは確かだった。


・国民政府の要人と折衝を繰り返しながら、わずか一年という短期間のうちに、
日本への帰還を完遂できたことは、奇跡というほかない。
それは多くの日本人をシベリアに連れ去ったソ連の独裁者・スターリンとあまりに違っていた。


・1949年、根本は台湾に渡り、国府軍の顧問となり、作戦のアドバイスをした。
根本らの意志を確認した以上、蒋介石は、その力をどうしても貸してもらいたかった。
長かった日中戦争で、蒋介石は日本軍の実力はいやというほど思い知らされている。
なにより日本軍の規律と闘志は、国府軍をはるかに凌駕していた。
そして陸士、陸大を出た日本陸軍のエリートたちが立案する作戦に苦汁を嘗めつづけた経験は、
蒋介石にとって忘れようとしても忘れられるものではなかった。


・根本は前線のアモイ島と金門島を視察した。
そこで、アモイは捨てて、守りやすい金門島への守備を集中強化し、
ここを決戦場すべき、と進言し採用された。

「金門島は自活できる。大陸との通行をたとえ遮断されても、ここを拠点にすれば長期間、戦い抜ける」

根本は案内人からの金門島の農業事情などをつぶさに聞いて、そう判断した。
大陸から孤立しても軍隊用の食糧を台湾から補給しさえすれば、長期の踏ん張りが十分、
期待でいると考えたのである。
根本は、陸士・陸大を優秀な成績で卒業した単なる「軍官僚」ではない。
諜報や情勢分析にも長けた「戦略家」でもあった。


・金門島における戦いで、国府軍は大勝利した。
共産党軍は主力を失い、その進軍が止まった。
根本の存在は、国府軍にとって極秘中の極秘だった。
しかし、その功績を最も評価し、わかっていた人物がいる。
蒋介石その人、である。


根本の長女は、父の思いを聞いている。
「蒋介石総統は両手で父の手を握って『ありがとう』と言ってくれたそうです。
父はそのためだけに行ったのです。
それで十分だった、と父は言っておりました」


・1952年、羽田空港から、その男が姿を現した。
灰色のパナマ帽、白い麻の上着、よれよれのネクタイ、
その初老の男は、肩に釣竿をかついでいる。
男は、まだタラップを降りきらないところから質問を浴びせる記者たちに不快感も見せない。
柔和な笑顔を浮かべてゲートの方に向かおうとする男は、たちまち報道陣に取り囲まれた。
根本博、61歳その人である。

「長い期間になってしまったが、あくまで私は釣りをしてきたんだ」
根本はそう言いたかったに違いない。
なんとも人を食った、いやユーモアに満ちた行動である。


・根本の心の奥底は誰にも分からない。
台湾と台湾海峡を守るために海を越えてやってきた日本人。
確かなのは、あの時、根本とそれを支えた人々が守ろうとした「台湾」と「台湾海峡」が、
60年という歳月を経た21世紀の今も、そのまま存在しているという厳然たる事実だけである。


※コメント
歴史の裏には、多くの無名の活動がある。
今回、あらためてそう痛感した。
今も未来も、おそらくそうだろう。



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