『国際インテリジェンス最新事情』

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September 2015

◆佐野研二郎『今日から始める思考のダイエット』を読み解く




◆佐野研二郎『今日から始める思考のダイエット』を読み解く



佐野氏は有名なアートディレクター。


※要旨


・そもそも、デザインとは何ページにもわたるオリエントシートや
さまざまな立場の人の考えやイメージを束ねながら、
整理整頓して具現化していくこと。


・課題や問題点の中の余計なものは省き、
同じような意味のものは束ね、圧縮し、本質を探っていく。
それをわかりやすく素早くビジュアルにしていく。


・僕たちアートディレクター、デザイナーは、
年賀状のデザイン、印刷や形状に凝る人がたくさんいます。
しかし、どんなに凝ったものでも手書きで、
「今年もよろしくお願いいたします」や「自分の名前」が入っていないものは、
それほど嬉しくないものです。


・アートディレクターという立場でプロジェクトに携わっている僕には、
どのようなことが求められているのか。
それは、

「目的を明確にし、複雑なものをまとめて、簡単にすること」


・名前は、ビジョンの集約なのです。


・コピーライターの秋山晶さんがこう言っていた。
「だれかに向けて手紙を書くように作らないと伝わらない」


・締め切りは、目標になる。


・僕は毎日6時半に起きるようにしている。
そして軽くジョギングしたあと、風呂に入りながらリラックスして、
雑誌や本を読み、ざまざまな情報を吸収する。


・朝、ジョギングしているときや自転車に乗っている時に、
思い浮かんだアイデアは、スケッチし、
写メールで撮ってスタッフに送り、
自分が会社に着いてから説明するより先に、
朝一で作業してもらう。


・写真の解像度が低いからこそ、
アイデアの本質を見ることができ、
またスピードが早いやりとりなので、
すぐにその方向性でいいのかをジャッジできるわけです。


・いつだって、いいアイデアは現場にある。


・すべての仕事は伝言ゲーム。


・口に出すことは、問題点を浮き彫りにすること。
自分で話しながら、検証していく。
うまく話すことができない場合は、
まだまだコンセプトが弱いということ。
そのアイデアを見直す必要がある。



・1つの企画に、最低10案。
世の中に出るものの下には、100のボツが眠る。


・太い幹を地上に出すために、ボツ作品という根を張る。


・難しいことは1枚の絵にする。
図解して相手に伝える。


・図解することは、ものごとが明確化して、
プロジェクトを先に進ませる強い武器になる。


・体を動かすことは、自分で考え、判断すること。


・机でなく、街のなかにヒントがある。
閉じ込められた空間ばかりにいるのではなく、
街に出て、人に会うことも重要です。


・アイデアは、何度でもリユースすることができます。
良いアイデアは、切り捨てず、大切に寝かせておけば、
また日の目をみることがあるかもしれない。


・時間が経っても風化しない、
心のどこかに残っているアイデアというのは、
とても良いアイデアであることが多い。


・アイデアは財産です。
使いまわすという考え方ではなく、
新しいものを生み出すきっかけになるように、
大切にとっておくべきもの。


・ベネッセの福武会長は、東京に集中してしまっている
現在の日本文化や生活を見直すために、
「ベネッセアートサイト直島」など率先して手がけている。
理想を追求し、すでに100年後を見据えて今からどんどん行動されています。
60歳を過ぎてから、ヘリコプターの免許を取得するなど、
まさに「攻め」の人なのです。


・不況のときこそ攻める。
問題は、アイデアで解決できる。
クリエイティブな発想やアイデアが問題を解決する。


・「キャラクター」は、広く長く届く「万国共通の言語」


・100年のブランドを育てる。
次の時代まで残らなければ意味がない。


・キャラクターは人格を持ったシンボルマーク。
キャラクターは、非常に高いコミュニケーション能力を持っている。


・愛される人格を作ることがブランディング。
日光江戸村の「ニャンまげ」など。


・1年経っても2年経っても、ちゃんとそこにあること。
広告コミュニケーションの本質を気付かせてくれたのは、
実は、このニャンまげだったのです。
そして、10年以上経った今もなお、
ニャンまげは、ちゃんと存在していて、人気者。


・移動中の新幹線や喫茶店でラフスケッチを描き、
その絵を写メールで撮影し、それをスタッフに送り、
制作をしてもらうことがある。


・50歳のオジサンと15歳の女子高生。
絵のダジャレは、共通の言語。


・ダジャレとは、好かれたい気持ちの表れ。
相手とコミュニケーションを取りたい、
その態度が、ダジャレとして表れるのです。


・アートディレクターは、デザインだけする人と思われがちですが、
実は、コミュニケーション全体をデザインしながら、
細部のデザインまですべてを統括しているのです。


・10年後をイメージして、1年後を考える。


・すぐに取り掛かる。
すぐに作る。




※コメント
多くのデザインを手がけた思考法を学べる。
彼のデザインを見ることでいろいろインスピレーションが湧いてくる。


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◆田中章『沈黙のファイル:瀬島龍三』を読み解く




◆田中章『沈黙のファイル:瀬島龍三』を読み解く



※要旨


・戦時中、大本営参謀として陸軍を動かした瀬島龍三は、
戦後、商社マンに転身し、それから30年足らずで
政財界の中枢部に駆け上がった。



・瀬島は、1911年生まれ、陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業。
部隊勤務を経て、参謀本部に配属。
終戦間際に、満州の関東軍総司令部に転出し、その後、ソ連軍に連行される。
11年間シベリアに抑留され、44歳のとき帰国。
1958年、伊藤忠商事に入社。
いくつかの幹部、副社長、副会長、会長を歴任。
その後は、政治の分野で大臣や総理のブレーン、根回し役をこなした。



・参謀本部作戦課での瀬島のおもな役割は、
課内のさまざまな会議で出された意見をまとめ、
報告書や命令書などの文書にすることだった。
それを陸軍省や参謀本部の首脳たちに見せ、説明する。


・元参謀の高木作之は語る。
「会議の流れを的確にまとめ、文章化する能力がずば抜けていた。
瀬島さんは利口だから事前に服部課長や田中部長の意向を聞いているからね。
それで理路整然と説明されると、
東条さんや参謀総長だって納得してしまう。
瀬島さんは作戦課のいろいろな会議に出ていたから、
一番全般的な情報を持っていたし、
服部課長や田中部長からも信頼されていた」


・瀬島龍三は語る。
「大変な作業でしたよ。
僕の人生であれだけ膨大な机上の作業はほかになかった」

瀬島のいう大変な作業とは、1941年12月8日に始まる、
陸軍のマレー半島上陸作戦の準備のことだ。



・瀬島は、作戦準備のため、わら半紙数枚つないだのをお経本のように、
折りたたみ胸ポケットに入れていた。
それは『南方作戦準備一覧表』が書いてあって作戦会議のときに印刷して皆に配った。
一覧表をびっしり埋めた作戦スケジュールであった。



・渡部亮次郎によると、
瀬島が園田直外務大臣ら政治家に重用された理由は、
参謀時代に培われた瀬島の整理能力だ。


「現実の政治はいろいろな問題が、
複雑に入り組んで星雲状態にある。
それを瀬島さんはいつも整理して箇条書きにしていく。
政治家というのは自己顕示欲ばかり強くて、
自分を取り巻く状況が分からない人が多いから、
それをきちっと整理して示されてみて初めて、
自分を客観視できるようになる」


・瀬島は1981年発足した第二次臨時行政調査会(臨調)入りをきっかけに、
政治の表舞台に躍り出た。
彼は、「裏臨調」と呼ばれる作戦本部を設け、
政官財界の利害調整を一手に引き受けた。


・臨調会長土光敏夫の秘書、居林は、こう語る。
「彼は組織の動かし方や根回しが怖いほどうまい。
瀬島さんこそ参謀の中の参謀だと思ったよ」




※コメント
瀬島氏の数々の動きがわかっておもしろい。
日本の参謀として、どのように国家に関わってきたか。
いろいろな点で学ぶことがある。


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