◆小林吉弥『圧巻!高橋是清と田中角栄』を読み解く


※要旨


・人の人生は、実に間髪の間に決まるものだ。
私は子供の時から、自分は幸福者だ、運のいい者だということを深く思い込んでおった。
それでどんな失敗をしても、窮地に陥っても、自分にはいつかよい運が転換してくるものだと、
一心になって努力した。
今になって思えば、それが私を生来の楽天家たらしめたる原因じゃないかと思う。
(高橋是清)


・田中角栄は後年、田中派の若手代議士などに、よくこう言っていた。
「人生はすべからく『間』が大事。
お前みたいに一本調子、直進するだけでは、何も前に進まない。
『間』の取れない奴は使えない」


・どんな論理も、数字の裏づけがある説得には勝てない。
田中が長く政治家、官僚の上に君臨できたのも、言うなればこうした数字の魔術を縦横に使いこなす
卓越した能力によるものも大きかった。


・都合3期3年にわたる大蔵大臣を経験、合わせてその後の5期4年に及ぶ自民党幹事長をやったことで、
田中は「霞ヶ関」を完璧に押さえた、絶大な官僚人脈を構築したと言ってよかった。


・官僚掌握のキメ手は、大きく2つあった。
1つは、田中が持つ官僚にはない大胆かつユニークな発想と決断力、すなわち強力な政治能力である。
もう一つは、官僚に対して、生きたカネを使ってみせるなどのもろもろの「面倒見のよさ」であった。


・田中のその大胆かつユニークな発想とは、どういうものか。
「設計図を引くときはいつも初めからぶっ書き、実線を引いてしまう。
よく昔の名人が木の看板に向かうとき、一気に書いてしまって、もし下のほうが余ってしまったら、
木のほうを切ったという話がある。私の発想はすべてそれ方式だ」(田中角栄)


・昭和40年、田中角栄は大蔵大臣を辞任、自民党幹事長の要職に就いた。
自民党幹事長職の重みと多忙さは、それまでの政調会長、大蔵大臣の比ではない。
その職責は国会運営、内閣と自民党との政策調整、その政策自体の発案者として党の方針を出す、
衆参の国政選挙から地方選挙の采配、党資金の調達などと多岐に渡るが、
これに加えてとてつもないありとあらゆる陳情依頼も殺到する。


・田中の全国津々浦々の政財官界を中心とする強大無比の人脈は、
ボタン一つ押せば何千票の上積みを即座に決めてみせることができた。
その地の有力経済人、地方議員の誰がどのくらいの票を動かせるかもすべて握り、
実際に動かせたということであった。


・田中には、決断の早さ、読みの深さ、政財界への顔の広さ、の3つの裏打ちされた実行力があったという。
決断の早さは、予算折衝での手際のよさにもみられた。
読みの深さは、池田内閣に佐藤派が協力して、そのあと佐藤内閣へという手順を誤らなかった当の立役者だったことで分かる。



※コメント
田中氏がいなくなり、まだ彼に関する書籍がたくさん出てくるのは面白い。
それだけ興味のつきないことである、ということだろう。
今後も、彼に対する新しい視点を見つけたら紹介したい。


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