◆門田隆将『この命、義に捧ぐ。台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』を読み解く


※要旨


・台湾領でありながら、台湾本島から180キロも離れ、
一方、中国大陸からはわずか2キロしか離れていない「金門島」。
大陸にへばりつくように浮かぶこの島は、なぜ今も台湾領なのだろうか。


・金門島と台湾本島との間に圧倒的存在感をもって横たわる台湾海峡は、
なぜ今も、中国の「内海」ではないのだろうか。


・台湾と台湾海峡を守るために日本からやってきた謎の男。
その日本人は、敗戦から4年が経った1949年、
ある恩義を台湾に返すために「命を捨てて」この地に姿を現したのである。


・第二次世界大戦後、自由主義陣営と共産主義陣営との剥き出しの覇権争いが、
世界各地で行われた。
その中でも、質的にも量的にも最大の熾烈な激突が中国大陸で繰り広げられた。
国民党の蒋介石と共産党の毛沢東との間で行われた血で血を洗う激戦、いわゆる「国共内戦」は、
ここ金門島で決着がついたのである。


・それは誰にも予想しえなかった「国民党の勝利」に終わった。
敗走に敗走を重ね、雪崩をうって駆逐されていた国民党軍(国府軍)が、
この戦いにだけ「大勝利」する。


・それはまさに「奇跡」としかいいようのないものだった。
そしてその陰に、実は、その日本人の力が大きくかかわっていたことを知る人は少ない。
元日本陸軍北支那方面軍司令官・根本博中将。
終戦後の昭和20年8月20日、内蒙古の在留邦人4万人の命を助けるために敢然と武装解除を拒絶し、
ソ連軍と激戦を展開、そしてその後、支那派遣軍の将兵や在留邦人を内地に帰国させるために、
奔走した人物である。


・在留邦人や日本の将兵が国府軍の庇護の下、無事、帰国を果たしたとき、
根本はそのことに限りない「恩義」を感じながら最後の船で日本へ帰って行った。


・「義には義をもって返す」
軍人でありながらヒューマニズムの思想に抱かれ、生涯、その生き方を貫いた戦略家。
戦後、大転換を遂げた価値観によって混乱の波間を漂い続けた日本で、
なぜ彼のような軍人が存在しえたのか。
「命」を守り、「義」を守った陸軍中将。
彼のしたことは、その偉業から60年を経た今も、決して色褪せることはない。


・本書は、命を捨てることを恐れず、「義」のために生きた一人の日本人と、
国境を越えてそれを支えた人たちの知られざる物語である。


・台湾は日清戦争で勝利した日本が清国から割譲を受け、
50年間にわたって心血を注いで発展させた地だ。
清朝が「化外の地」として統治することすら敬遠した地を、
必死の思いで開発し、整備し、教育を施してきた。


・明石元長は、わずか2年とはいえ、小学校時代を台北で過ごしている。
父親の明石元二郎が台湾総督として台北に赴任したのは、大正7年である。
元長はこのとき、小学5年。
元二郎は、妻も2人の娘も、そして母親も東京に置いたままだったのに、
なぜか長男の元長だけを連れて、台湾に赴任している。


・日露戦争時、日本陸軍最大と称された謀略工作をヨーロッパの大地で展開した元二郎が、
小学校の高学年となった息子を手元に置いたのは、自分が得てきた知識や経験を、
息子に引き継ごうという思いがあったことは想像に難くない。


・1949年、台湾に深い思い入れのある明石元長は、
根本博を台湾に密航させるため、資金調達に走りまわる。
GHQ支配下だった日本では、それはまさに国禁をおかす危険な活動であった。
元長の筆舌に尽くしがたい資金集め活動により、なんとか根本の密航出発に成功する。
その4日後、台湾を助けるために奔走した明石元長は精根使いきり、急死した。
42歳だった。


・元長を看取った高校生にすぎない元長の長男・元紹が、
父がやろうとしたことの「真の意味」を知るには、
それから60年という気の遠くなるような年月が必要だった。
60年後、台湾の金門島に招かれた明石元紹は、父が犬死ではなかったを知った。


・昭和20年8月15日、陛下自らの「終戦の詔勅」が発せられた。
放送を聴きおえた駐蒙軍司令官・根本博は、
指揮下の全軍に対して、司令官としての絶対命令を下した。

「全軍は別命があるまで、依然その任務を続行すべし。
もし命令によらず勝手に任務を放棄したり、守備地を離れたり、
あるいは武装解除の要求を承諾したものは、軍律によって厳重に処断する」


・目を見開いた根本の口から発せられたその迫力に、居並ぶ幕僚たちは圧倒された。
それは有無をいわせぬ絶対命令だったのである。
上層部から武装解除命令が出ているのに、駐蒙軍は司令官の根本の命令によって、
それを拒否するというのだ。


・根本は、特にソ連軍主力と激突する「丸一陣地」の守備隊に対して、こう厳命した。

「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ連軍を断乎撃滅すべし。
これに対する責任は、司令官たるこの根本が一切を負う」
これまた根本自らの覚悟の命令だった。


・根本はソ連相手に絶対に武装解除しないことを決意していた。
彼は、日本陸軍にあってソ連の本質を見抜いていた数少ない軍人だった。
中佐時代の昭和5年、根本は陸軍参謀本部第二部(情報担当)の支那班の班長になっている。
このとき、ロシア班の班長が、根本と陸軍士官学校で同期の橋本欣五郎中佐である。


・当時、両課の課長が同室で仲がよく、かつ両班の班長が同期であり、
班員同士が密接に往来し、お互いの班長を「ねもさん」「橋欣」と呼び合うほど、
日常的に情報交換を行っていた。
それぞれが得た情報と分析は、同期の両班長によって「共有」され、
そのため、根本は専門の支那情報だけでなく、ロシア情報にも通じ、
ソ連軍の本質や危険性を知悉していたのである。


・終戦時の日本同胞に対する蒋介石の恩義。
それは、北支那方面軍司令官として、内地への引き揚げを一手に引き受けた自分が一番知っている。
敗戦に際し、自決を決意していた自分が今、生きているのは、
あのとき、内蒙古にいた4万人の在留邦人と35万人の北支那方面軍の部下を内地に送還してくれた、
寛大な蒋介石の方針によるものであったことは確かだった。


・国民政府の要人と折衝を繰り返しながら、わずか一年という短期間のうちに、
日本への帰還を完遂できたことは、奇跡というほかない。
それは多くの日本人をシベリアに連れ去ったソ連の独裁者・スターリンとあまりに違っていた。


・1949年、根本は台湾に渡り、国府軍の顧問となり、作戦のアドバイスをした。
根本らの意志を確認した以上、蒋介石は、その力をどうしても貸してもらいたかった。
長かった日中戦争で、蒋介石は日本軍の実力はいやというほど思い知らされている。
なにより日本軍の規律と闘志は、国府軍をはるかに凌駕していた。
そして陸士、陸大を出た日本陸軍のエリートたちが立案する作戦に苦汁を嘗めつづけた経験は、
蒋介石にとって忘れようとしても忘れられるものではなかった。


・根本は前線のアモイ島と金門島を視察した。
そこで、アモイは捨てて、守りやすい金門島への守備を集中強化し、
ここを決戦場すべき、と進言し採用された。

「金門島は自活できる。大陸との通行をたとえ遮断されても、ここを拠点にすれば長期間、戦い抜ける」

根本は案内人からの金門島の農業事情などをつぶさに聞いて、そう判断した。
大陸から孤立しても軍隊用の食糧を台湾から補給しさえすれば、長期の踏ん張りが十分、
期待でいると考えたのである。
根本は、陸士・陸大を優秀な成績で卒業した単なる「軍官僚」ではない。
諜報や情勢分析にも長けた「戦略家」でもあった。


・金門島における戦いで、国府軍は大勝利した。
共産党軍は主力を失い、その進軍が止まった。
根本の存在は、国府軍にとって極秘中の極秘だった。
しかし、その功績を最も評価し、わかっていた人物がいる。
蒋介石その人、である。


根本の長女は、父の思いを聞いている。
「蒋介石総統は両手で父の手を握って『ありがとう』と言ってくれたそうです。
父はそのためだけに行ったのです。
それで十分だった、と父は言っておりました」


・1952年、羽田空港から、その男が姿を現した。
灰色のパナマ帽、白い麻の上着、よれよれのネクタイ、
その初老の男は、肩に釣竿をかついでいる。
男は、まだタラップを降りきらないところから質問を浴びせる記者たちに不快感も見せない。
柔和な笑顔を浮かべてゲートの方に向かおうとする男は、たちまち報道陣に取り囲まれた。
根本博、61歳その人である。

「長い期間になってしまったが、あくまで私は釣りをしてきたんだ」
根本はそう言いたかったに違いない。
なんとも人を食った、いやユーモアに満ちた行動である。


・根本の心の奥底は誰にも分からない。
台湾と台湾海峡を守るために海を越えてやってきた日本人。
確かなのは、あの時、根本とそれを支えた人々が守ろうとした「台湾」と「台湾海峡」が、
60年という歳月を経た21世紀の今も、そのまま存在しているという厳然たる事実だけである。


※コメント
歴史の裏には、多くの無名の活動がある。
今回、あらためてそう痛感した。
今も未来も、おそらくそうだろう。



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