◆手嶋龍一『「情報なき国家」がたどった運命を知れ』を読み解く


※要旨


・1938年9月のミュンヘン会談。
この現代史の行方を決めた会談の当日、
1人のアメリカ外交官がチェコスロバキアのプラハに降り立った。


・後にスターリンの全体主義に鋭い警告を発して、
対ソ封じ込め政策を提唱するジョージ・ケナンだ。
アメリカ外交界の至宝と言われたロシア専門家のケナンは、
この重要会談をプラハで目撃し、
日記にこう記している。

「ヒトラーは途方もない誤りを犯そうとしている」

ケナンの慧眼は怜悧にそう見抜いていたのである。


・ケナンの赴任から2年後、
今度は1人の日本人外交官がプラハに着任した。
前任地のリトアニア・カナウスで「命のビザ」を発給し、
6000人のユダヤ難民を救った杉原千畝だった。


・杉原はプラハでもユダヤ難民に日本への通過査証を発給していたが、
その事実はほとんど知られていない。
当時のプラハはナチス・ドイツの完全な支配下にあり、
三国軍事同盟を結ぶ日本の真正の同盟国だった。
にもかかわらず、杉原は本省の意向に
あらがってビザを大量に発給していた。


・だが、ヒュウーマニストとしての側面だけでは、
これほど大胆な行動は説明がつくまい。
杉原は、バルト海に臨む小国リトアニアの領事代理として、
欧州全域に独自のインテリジェンス・ネットワーク(情報網)築き上げ、
亡命ポーランド政権のユダヤ人情報将校から質の高い機密情報を
入手していたのである。
ユダヤ難民を救った「命のビザ」はその見返りでもあった。


・対露情報の切り札、杉原を急遽、
リトアニアに赴かせたのは1939年5月に
中央アジアの草原で勃発したノモンハン戦争だった。
スターリンはノモンハンで関東軍に痛打を浴びせたのを見届けて、
ナチス・ドイツと独ソ不可侵条約を結んでいる。


・日本にとって北方の主敵であるソ連と
欧州の友邦ナチス・ドイツが突如として
「悪魔の盟約」を交わしてしまったのである。
それにより、日本の統帥部は戦略の基軸を失ってしまった。


・杉原が「命のビザ」と引き換えに、
全欧の情報網からつかみとったインテリジェンスは一級だった。
ヒトラーが1941年6月に独ソ不可侵条約を破り捨て、
対ソ戦に突入することをスギハラ電は、
精緻に予測していた。
だが、日本の統帥部は戦略の舵を定めるために、
スギハラ電を役立てようとはしなかった。


・このスギハラ情報網を引き継いだのは、
ストックフォルムの駐在武官、小野寺信だった。
戦後の日本の運命を決めた米英ソによる「ヤルタ密約」こそ、
ポーランド系ユダヤ人の情報網から
入手した最高にして最重要のインテリジェンスだった。


・情報なき国家がだどった運命について、
いま一度、思いを致してみるべきだろう。



※コメント
手嶋氏の洞察力は鋭い。
海外人脈からくるスタンダードな情報が、
それに磨きをかけている。
歴史と現在の状況を追いかけることにより、
問題点が見えてくる。


※参考文献
イロンナ・コラム


★手嶋龍一『インテリジェンスの最強テキスト』
の詳細,amazon購入はこちら↓

http://amzn.to/1NSBmwX


★手嶋龍一『ニッポンFSXを撃て:日米冷戦への導火線・新ゼロ戦計画』
の詳細,amazon購入はこちら↓

http://amzn.to/1m7MV7l


◆まぐまぐメルマガ『国際インテリジェンス機密ファイル』ご紹介。
ご登録はこちらです↓

http://www.mag2.com/m/0000258752.html

世界のインテリジェンスに関する公開・非公開情報をお伝えします。これを読めば貴方も一流のスパイになれるかもしれません。