◆山口昌子『エリゼ宮物語』を読み解く


山口氏は、長年、産経新聞パリ支局長を務めた。


※要旨


・エリゼ宮は、フランス大統領府である。


・エリゼ宮に興味を持ち始めたのは、
パリ支局長としてパリに赴任して数年後、約10年を超える。
内外の記者にとって、エリゼ宮はフランスの内政、外交の取材拠点であるからだ。


・軍人のドゴール大統領は、軍人的潔癖さから、公私混同を嫌い、
エリゼ宮には私物をいっさい、持ち込まなかったといわれる。
エリゼ宮も兵舎の一種と考え、いったんことあれば、
即刻移動できる態勢であるべきだ、と考えていたのかもしれない。


・ナポレオンが生涯に遺した膨大な作品である書簡、歴史研究書、小説、口述、命令書の中から選出して、
名著『ナポレオン言行録』を発表したオクターブ・オブリは、
ナポレオンの生涯を要約して、
「25歳にして有名であり、40歳にして一切を所有し、
50歳にして、もはや名のほかに何ひとつ持たなかった」
と記した。


・ナポレオンに関する書物は、「彼が死んだ日から書かれ始めた」と言われるように、
その数は死後、約200年で「40万冊以上」が出版されている。


・ナポレオンの読書好きはよく知られているところだ。
貧乏学生だった兵学校時代はもとより、砲兵連隊時代は、
「本屋の店を食いつぶすほど読書三昧にふけった」
といわれた。
遠征中の野営の宿舎でも読書をしたといわれる。


・下級将校時代に軍隊で24時間の謹慎を命じられたとき、
東ローマ皇帝ユスティニアヌスの「ローマ法大全」を読破した。



・シラク大統領の報道官を1995年から9年間務めたカトリーヌ・コロナは、
重要な国際会議の前に、エリゼ宮の「祝祭の間」で記者団にブリーフィングを行うのが常だった。


・コロナは国立行政学院(ENA)出身のエリート官僚だ。
外務省に入省後、駐米大使館勤務や本省での副報道官などを歴任。
その後、シラク大統領誕生時に39歳でエリゼ宮の報道官に抜擢された。
シラクのエリゼ宮入りと同時に大統領府事務局長に就任したドミニク・ドビルパンとは、
ワシントンで一緒だった。


・コロナはエリゼ宮の報道官を9年間務め、しかも、うるさ型の多い内外記者団から、
「完璧無比」と評価された。
コロナはシラクの1期終了時に辞任を申し出たが、
シラクが彼女の希望を無視して手元から離さなかった。


・「勝ち戦のメンバーは変えない」
というフランスの古来からの格言を尊重したほかに、
余人をもって代え難い彼女の仕事ぶりを買っていたからだろう。


・コロナは、「ハートはどちらかといえば左」だが、
「大統領の政策には9年間すべて合意できた。
欧州も反イラク戦も非宗教問題もすべて賛成だった。
自分が反対だった問題を報道官として擁護したことは一度もない」
と言明しており、幸せなコンビだったといえる。


・彼女は、報道官時代のメモはすべて破棄。
「私が仕えたのは国家。それを個人的な目的に使うのは正しくない」
と述べ、回想録の類を書くつもりもないそうだ。


※コメント
フランスの指導者層の話は面白い。
いろいろなタイプの官僚がいて、国家を支えているのがわかる。
フランス情報は少ないが、いろいろ調べてみたくなる。


★山口昌子『エリゼ宮物語』の詳細,amazon購入はこちら↓

http://amzn.to/1pfbCIA


★山口昌子『フランス人の不思議な頭の中』の詳細,amazon購入はこちら↓

http://amzn.to/1pyPdZW

◆まぐまぐメルマガ『国際インテリジェンス機密ファイル』ご紹介。
ご登録はこちらです↓

http://www.mag2.com/m/0000258752.html

世界のインテリジェンスに関する公開・非公開情報をお伝えします。これを読めば貴方も一流のスパイになれるかもしれません。